解雇した従業員の地位保全や賃金仮払いの仮処分は認められますか?
先日、ある従業員を解雇しました。
すると、その従業員が従業員たる地位を仮に定める仮処分とともに、賃金の仮払いを命ずる仮処分を申し立ててきました。
従業員のこの要求は認められるのでしょうか?
従業員たる地位を仮に定める仮処分は地位保全仮処分、賃金の仮払いを命ずる仮処分は賃金仮払い仮処分と呼ばれます。
ケースにもよりますが、地位保全仮処分は否定され、賃金仮払い仮処分は肯定される傾向にあります。
保全処分の概要
労働関係の裁判は、一審の平均審理期間が14.3か月と、一般に長期化する傾向にあります。また、仮に、控訴されると解決までの期間はさらに長期化します。
この間、解雇された労働者は働くことができないだけではなく、賃金という生活の糧を失うこととなります。
このように、通常訴訟による権利の実現を待つことが困難な場合、簡易迅速な審理によって、裁判所が一定の仮の措置をとる暫定的・付随的な手続として、保全処分があります。
このような保全処分の要件としては、①被保全権利の存在と、②保全の必要性が求められています。ただし、これらの要件の存在は疎明で足ります(民保法13条)。
解雇をめぐる保全処分の要件
解雇された従業員が保全処分を求める場合、通常、従業員たる地位を仮に定める(地位保全仮処分)とともに、賃金の仮払いを命ずる仮処分(賃金仮払い仮処分)を申し立ててきます。
この場合の保全処分の要件は次のとおりです。
①被保全権利の存在
解雇をめぐる保全処分の被保全権利は、「雇用関係存在確認請求権」となります。
②保全の必要性
【判断基準】
保全処分は、債権者(労働者)に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とするときに認められます(民保法23条2項)。
【地位保全の仮処分】
解雇をめぐる保全処分においては、従業員たる地位そのものを保全する必要があるのかがしばしば問題となります。
すなわち、労働者にとっての中核的な利益は、賃金の支払を受けることであり、従業員たる地位そのものは、任意の履行を期待する仮処分であることから、賃金仮払いのみを命ずれば足りると考えられます。したがって、地位保全の仮処分については、認めない裁判例が目立っています。
ただし、社会保険の資格維持や福利厚生施設の利用など賃金以外の事情を考慮して保全の必要性を認めた裁判例もあります。
また、雇用契約上の地位保全が国内滞在の要件となる外国人の場合に認めたものもあります(東京地決昭62.1.26労判497号138頁)。
【賃金仮払いの仮処分】
賃金仮払いの仮処分においては、労働者が賃金を唯一の生計手段としているのが通常なので、解雇されたことを疎明すれば、保全の必要性が基礎づけられると解されます。
これに対して、使用者側は、債権者(労働者)に収入があること(例えば、再就職やアルバイトをしているなど)、配偶者等の家族に収入があること、労働者に十分な資産があることなどを反証(疎明)すれば、保全の必要性を否定できる可能性があります。
仮払いの金額とその期間については、事案によって様々な判断がなされている状況です。例えば、賃金全額ではなく、労働者の生活に必要な限度の額に限定したり、期間も「1年間」や「本案1審判決言い渡しまでの期間」に限定したりするなどです。
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