労働協約に署名が欠けていました。この労働協約は無効になってしまいますか?

執筆者
弁護士 竹下龍之介

弁護士法人デイライト法律事務所 弁護士

保有資格 / 弁護士

弁護士の回答

弁護士竹下龍之介イラスト

労組法14条の要件を欠くため、労働協約としては無効です。

ただし、事情によっては、使用者と労働組合(又は組合員)との間で、個別の合意が成立したものとして扱うことはあり得るでしょう。

 

 

解説

労働協約の意義・法的性格

労働協約の意義

握手のイラスト労働協約とは、労働組合と使用者の合意です。

日本の労働協約は、大部分が企業ごとに労働組合と使用者の間で締結されています。

法的性格

裁判官のイラスト労働協約の法的性格は、協約当事者間の一種の契約であり、同時にそのうち一部分について規範的効力が認められたもの(契約と規範の複合)と解することができます。

すなわち、労働協約が適法に成立した場合、その協約には、債務的効力と規範的効力があるのです。

以下、それぞれについて、解説します。

債務的効力について

前述のとおり、労働協約は、労働組合と使用者の合意ですから、一種の契約といえます。

したがって、労働協約は、その全体が締結当事者間において、債務的効力をもつことになります。

一般的に、債務的効力というと、例えば、ユニオン・ショップ協定、経営への組合関与に関する条項、平和条項、争議条項を指すことが多いですが、規範的効力をもつといわれる労働条件基準を定めた協約条項についても、債務的効力は発生しているので、注意が必要です。

規範的効力

規範的効力は、労働協約のうち、労働条件基準を定めた部分に生じます。従前、労働協約に規範的効力が生じる根拠が学説で激しく争われてきました。

書籍の写真ここでは、有力な学説(多数説)である労組法16条説(西谷327頁)を紹介します。

労組法16条は「労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働協約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定めがない部分についても、同様とする。」と規定しています。

この条文に労働協約の創設的意義を認めるのが、労組法16条説です。

この説は、規範的効力は明文の根拠規定がなければ生じないとする考え方を基礎にしています。

 

労働協約の成立

分析のイメージイラスト労働協約が有効に成立するためには、労働協約の当事者が協約締結能力をもっており、かつ、実際に締結に携わる代表者が正当な締結権限をもち、法定の形式を満たしていることが必要です。

そこで、以下、それぞれについて検討します。

(1)労働協約の当事者

労働協約の当事者となるのは、一方は労働組合、他方は使用者またはその団体です(労組法14条)。

労働組合について

労組法2条と5条

六法全書のイメージ画像協約締結能力のある労働組合であるためには、まず、労組法2条の要件を満たした自主的、民主的な労働組合(つまり法内組合)でなくてはなりません。この要件を満たしているかは、実質的に判断されます。

では、労働協約締結後に、労働組合が労組法2条の要件を欠くに至った場合、協約の効力はどうなるのでしょうか?

この場合は、その時点で、労働協約としての効力は停止されると解されます(西谷331頁)。すなわち、労組法2条の要件を満たす法内組合であることは、労働協約の成立にとどまらず、存続の要件でもあるわけです。

次に、労組法5条の要件を満たすいわゆる適格組合であることは、必要なのでしょうか?

結論からいうと、労組法5条の要件を満たしている必要はありません。というのは、労組法5条は、労組法が規定する救済を受けたり、法人格を取得するための要件にすぎないからです。

上部団体

労組法2条に適合する労働組合であれば、いわゆる上部団体(連合団体)も、統一的意思に基き、組織として活動し、労働組合内部の権限分配により団体交渉を行う権限が与えられている場合には、労働協約の締結主体となりえます(池貝鉄工事件・東京地決昭25.6.15労民集1巻5号740頁)。

使用者について

ここでいう使用者とは、協約締結能力のある労働組合と対向地位にある企業主体をいいます。

社長のイメージイラストでは、派遣労働者の労働組合が、派遣先との間で、一定事項に関する団交権を認められる場合に労働協約を締結することはできるのでしょうか。

この点について、派遣労働者と派遣先との間には労働契約が締結されていないため、解釈も分かれていますが、一定事項に関しては労働協約としての効力を認めてよいという見解が有力です(西谷334頁)。債務的効力については、否定される理由はありませんし、規範的効力についても、例えば安全配慮義務等、派遣労働者と派遣先の間にも何らかの権利義務関係が発生する可能性があるからです。

(2)労働協約の締結権限

街宣活動のイメージイラスト労働協約が適法に成立するためには、労使双方が、労働協約の締結権限を有することが必要です。

特に、労働組合側の労働協約の締結権限が問題となることが多いです。

労働組合側の代表者は、組合規約や組合大会決議などにもとづいて、協約を締結する権限を与えられていることが必要です。組合規約で、協約締結の手続(例えば、執行委員会・中央委員会の決定、総会決議、全員投票などがあり得ます)を定めている場合には、その手続の履践が要求されます。また、組合規約がない場合にも、労働協約が組合員に及ぼす重大な影響に照らすと、少なくとも通常の執行委員会の決定が必要と解されます(大阪白急タクシー事件・大阪地判昭56.2.16労判360号56頁)。

労働組合側、使用者側のいずれか一方でも締結権限がない者が締結した労働協約は、無効です。延岡郵便局事件(宮崎地判昭46.12.6労民集22巻6号1134頁)は、郵便局長・局課長には協約締結権限が認められていないことを理由に、それが締結した確認書を無効と判断しました。

使用者としては、労働組合側の代表者に、当該労働協約の締結権限があるか(手続を履践したか)を事前に確認をとることが重要です。

 

(3)労働協約の形式

労組法14条

解説する弁護士のイラスト労組法14条は、「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによってその効力を生ずる」と定めています。

労組法がこのように協約の形式を定めた趣旨は、労働協約は当事者である労働組合と使用者の間に様々な権利・義務を生じさせるのみならず組合員個々人や場合によっては非組合員の労働条件にも直接的な影響を及ぼすという性質をもつため、協約の成立または内容について後に無用の紛争が生じることを防ぎ、協約の法的安定性を図るためと考えられます。

文書の名称、形態

解説する弁護士のイラスト労使当事者が合意した文書の名称は、「労働協約」でなくても構いません。

「協定」、「覚書」、「確認書」など名称にかかわらず、また、標題が欠けていても、労組法14条の当事者の署名もしくは記名押印があれば、労働協約として扱ってよいことになります。

交渉の議事録について、当事者の署名または記名押印があり、そこから当事者の意思の合致が読みとれる場合には、協約としての効力が認められると解されます(西谷338頁)。裁判例も、債務的効力に関してですが、このことを認めたものがあります(東京金属ほか1社事件・水戸地下妻支決平15.6.19労判855号12頁)。

要件を欠く労使合意の効力

解説する弁護士のイラスト労組法14条の要件を欠いた場合、その労使合意の効力はどうなるのでしょうか。

まず、労組法14条の要件を欠く場合には、そもそも労働協約と評価されませんから、規範的効力は否定されます。裁判例も同様の立場をとっています(都南自動車教習所事件・最三小判平13.3.13民集55巻2号395頁、エフ・エフ・シー事件・東京地判平16.9.1労判882号59頁)。

もっとも、労組法14条の要件を欠く場合であっても、その労使合意に債務的効力は認めてよいでしょう。学説上は争いがあるところではありますが、労働組合と使用者の間に意思表示の合致がある以上は、契約は成立しています。

労組法14条の存在を理由として、この契約としての効力まで否定するのは法の過剰介入であり妥当でありません(西谷339頁)。

この帰結として、使用者は、労組法14条の要件を満たさない労使合意についても、契約上の債務としての実行義務を負うことになります。

要件を欠く場合と労使慣行

解説する弁護士のイラスト労組法14条の形式を備えない場合であっても、労使当事者が長年それを労働協約として扱ってきたという経緯があれば、それが慣行として当事者を拘束する場合もあります。

「労働協約」と題されてはいるものの、当事者の署名・記名押印が欠けている文書のうちの人事協議条項につき、使用者の慣行上の義務を認めた裁判例として、内山工業事件(岡山地判平6.11.30労判671号67頁)があげられます。

 

 





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