労働協約の締結により、すでに退職した者の退職金も引き下げられますか?
退職金を一律に引き下げる旨の労働協約を締結しました。
これを根拠に、すでに退職した者の退職金についても引き下げて支給したいと考えています。
法的に問題でしょうか?
すでに発生した退職金請求権を事後に締結された労働協約により遡及的に変更することは許されないため、引き下げ支給はできません。
協約自治とその限界
労働協約で定める内容は、原則として協約当事者の事由に委ねられているという考え方を協約自治の原則といいます(西谷353頁)。
もっとも、この協約自治も無制限ではなく、限界があります。協約自治の限界を正しく設定することは、協約自治を定着させ協約制度を発展させる前提条件になるという指摘もあります。
協約自治限界には、外在的限界と内在的限界があるといわれています。以下、それぞれ検討したいと思います。
外在的限界
外在的限界とは、協約条項が内容的に強行法規違反又は公序良俗違反ゆえに無効となることです。
例えば、労基法が明文で許容している場合は別ですが、労基法の定める基準に達しない労働条件を定める協約条項や、労基法の要求する諸原則に反する条項は、無効です。
日本鉄鋼連盟事件(東京地判昭61.12.4労民集37巻6号512頁)は、基本給の上昇率と一時金の支給率につき男女で差をもうけた協約条項について、民法90条の公序良俗に違反し無効である旨判示しました。
また、年休、産前産後休業、生理休暇等の労基法が労働者に保障する権利の行使を事実上著しく制限する規定も無効とされます。
日本シェーリング事件(最一小判平元.12.14民集43巻12号1895頁)において、最高裁は、前年の稼働率80%以下の者を賃上げ対象から除外する条項は、労基法や労組法に基づく権利行使としての不就労を計算の基礎としているかぎりにおいて、公序良俗に反し無効であるという判断を示しました。
なお、男女差別定年制を定めた協約条項を無効とした例として、東急機関工業事件(東京地判昭44.7.1労民集20巻4号715頁)があります。
【参考裁判例】日本シェーリング事件 最一小判平元.12.14(民集43巻12号1895頁)
本件八〇パーセント条項は、労基法又は労組法上の権利に基づくもの以外の不就労を基礎として稼働率を算定する限りにおいては、その効力を否定すべきいわれはないが、反面、同条項において、労基法又は労組法上の権利に基づく不就労を稼働率算定の基礎としている点は、労基法又は労組法上の権利を行使したことにより経済的利益を得られないこととすることによって権利の行使を抑制し、ひいては、右各法が労働者に各権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効であるといわなければならない。
内在的限界
労働協約の規範的効力の実質的根拠は、個人的次元では形骸化しがちな契約自由を集団的次元で回復させることにあります。
この規範的効力の実質的根拠からすると、集団意思は、手続面において、民主的なものであり、個別意思を十分に反映したものでなければなりません。特に労働協約による労働条件の不利益変更(くわしくはQ&A「労働協約の締結によって、労働条件を不利益に変更できますか?」をご覧ください。)については、慎重な手続が必要です。
また、内容面においても、契約自由の実質的実現という労働協約の目的からして最終的決定を個々の組合員に委ねざるをえない事項については、協約条項に規範的効力を認めることはできないとされています。
例えば、給与の使い方、休日・休暇の過ごし方などは、純粋な私的事項ですから、協約自治の内在的限界を超えると考えられます。
また、労働者の譲ることのできない重要な権利も、個々人に留保されていると考えられます。
具体的には、労働者の使用者に対するいわゆる労災民訴(労働者又はその遺族が、労災、職業病による被害について、使用者たる企業を相手にして行う損害賠償請求訴訟)を排除する旨の労働協約は、協約自治の内在的限界を超え、認められません。
さらに、協約その他に基づいて組合員が獲得した権利も、すでに個々人の私的領域に移行したと解される場合には、それを労働協約によって奪うことは、協約自治の内在的限界を超え、認められません。
具体的には、弁済期を過ぎた未払い賃金、未払い退職金の支払い猶予や一部放棄を認める協約条項は、原則として認められず、個々の労働者がその処分を特に労働組合に一任した場合のみ例外的に認められるにとどまります。この点に関連して、すでに発生した退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及的適用により処分、変更することは許されないとした最高裁判例があります(香港上海銀行事件・最一小判平元9.7労判546号6頁)。
【参考裁判例】香港上海銀行事件 最一小判平元9.7(労判546号6頁)
被上告人は、昭和50年10月9日付で、労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)89条1項に基づき、従業員組合との間で昭和50年6月26日締結した前記退職金協定に係る協定書の写しを添付した就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に届け出ており、したがって、右退職金協定に定められた退職金の支給基準は、就業規則に取り入れられて就業規則の一部となったものというべきである。そして、就業規則は、労働条件を統一的・画一的に定めるものとして、本来有効期間の定めのないものであり、労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば、就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は、右退職金協定が有効期間の満了により失効しても、当然には効力を失わず、退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については、右の支給基準により退職金額が決定されるべきものと解するのが相当である。そうすると、従業員組合との間の右退職金協定は昭和53年12月31日に失効したが、それに伴い就業規則が変更された事実は認められないから、上告人については、右就業規則所定の退職金の支給基準(本件退職金協定に定められた退職金の支給基準と同一である。)の適用があるというべきである。
被上告人は、原審において、労働組合法17条により、昭和59年7月25日従業員組合との間で締結された昭和55年度退職金協定が外銀労の組合員たる上告人にも遡及的に拡張適用されるべきであると主張しているが、既に発生した具体的権利としての退職金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分、変更することは許されないというべきであるから、右拡張適用の有無について判断するまでもなく、右主張は理由がないといわなければならない。
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