労働裁判において、自己に不利益な情報であっても開示に応じなければなりませんか?
従業員からの未払い残業代を求める裁判をしています。
相手方からタイムカードを開示するよう求められました。
このような場合、自己に不利益な情報であっても開示に応じる必要があるのでしょうか?
使用者がタイムカードで勤務時間を管理していたのであれば、誠実に開示に応じるべきです。
時間外労働の立証責任
残業代等請求訴訟において、時間外労働等を行ったことについては、原告である労働者側が主張・立証責任を負っています。
したがって、仮に、労働者側が時間外労働の存在を立証できなければ、当該請求は認められないはずです。
しかし、他方で、労働基準法は、労働時間、休日、深夜業等について規定を設けていることから、使用者には、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する義務があると考えられています。
このような考えを背景として、裁判例には、
「本来、労働時間を管理すべき使用者側が適切に積極否認ないし間接反証を行うことが期待されている側面もあるから、合理的な理由がないにもかかわらず、使用者が、容易に提出できるはずの労働時間管理に関する資料を提出しない場合には、公平の観点に照らし、合理的な推計方法による労働時間を算定することが許される場合もある」
と判示するものもあります(東京地判平23年10月25日労判 1041号62頁)。
また、多くの裁判例は、この裁判例のように、使用者側が資料を提出しないなど、適切な反論がないかぎり、合理的推論に基づき裁判所が時間外労働を認定する傾向にあります。
このような実務の傾向を踏まえると、使用者は、労働者が主張立証責任を負っているからといって、非協力を決め込むのではなく、労働者からの証拠開示の申出に対して、誠実に対処する必要があると考えられます。
文書提出命令
使用者がタイムカード等の証拠資料を開示しない場合、労働者側の対応として、文書提出命令の申立てが可能です。
すなわち、労働者は、裁判所に対して、文書提出命令申立てを行い、使用者のタイムカードの提出を求めることができます(民訴法220条)。
実務では、文書提出命令申立ての前に、裁判所が使用者にタイムカードを任意に提出するように再三求めてきます。これに従わない場合は、文書提出命令が出されます。
また、仮に、使用者側がこの命令に従わない場合、労働者の主張どおりの労働時間が認定されます。
労働者はタイムカードがなくとも、記憶や他の資料(メモなど)に基づいて推定した労働時間を主張・立証してきますが、これが認められます(民訴法224条1項)。
慰謝料請求の可能性
使用者がタイムカードを保有しているにもかかわらず、開示しない場合、不法行為に該当するとして、労働者から慰謝料を請求される可能性もあります。
タイムカードの不開示が不法行為に該当するかについて、最高裁の判例はありませんが、下級審で不法行為に該当すると認めた例があります。
すなわち、医療法人大生会事件において、大阪地裁は、
「使用者は、労働基準法の規制を受ける労働契約の付随義務として、信義則上、労働者にタイムカード等の打刻を適正に行わせる義務を負っているだけでなく、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負い、使用者がこの義務に違反して、タイムカード等の機械的手段によって労働時間の管理をしているのに、正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり、特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶した時は、その行為は、違法性を有し、不法行為を構成する」
と判示し、30万円の慰謝料を認めました(大阪地裁平22年 7月15日労判 1014号35頁)。
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